浄土真宗大谷派と本願寺派の決定的な違い!2026年最新の作法と歴史
親族の葬儀や法事の案内状を手にした際、あるいは実家の仏壇や墓地の継承問題に直面したとき、「うちの宗派は浄土真宗だけど、お東(大谷派)とお西(本願寺派)のどちらだろう?」と戸惑う方は少なくありません。同じ鎌倉時代の僧・親鸞聖人を宗祖と仰ぎ、同じ「南無阿弥陀仏」の念仏を称えながらも、真宗大谷派(東本願寺)と浄土真宗本願寺派(西本願寺)の間には、400年以上にわたる歴史的な分裂の経緯と、ひと目でわかる作法・仏具の明確な違いが存在します。
とりわけ葬儀の場における焼香の回数や香典袋の表書き、さらには数珠の持ち方に至るまで、一般的な仏教マナーの常識がそのまま通用しないケースが多いのも浄土真宗ならではの特徴です。2026年現在の最新実態データや門徒・寺院関係者の証言をもとに、真宗大谷派の歴史的ルーツから現場で恥をかかないための実践作法、お布施の適正相場までを徹底的に紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:真宗大谷派(お東)と本願寺派(お西)の分裂は1602年、教如上人と徳川家康の歴史的決断によって誕生した。
- 要点2:焼香は「額に押しいただかず2回」、香典の表書きは通夜から「御仏前」、念仏は「なむあみだぶつ」と読むのが大谷派の鉄則。
- 要点3:2026年現在のお布施相場は葬儀で20万〜50万円、法要で3万〜5万円が目安であり、地域差や世代間の境界線設定が継承の鍵を握る。
【徹底解剖】浄土真宗大谷派(お東)と本願寺派の違いはなぜ生まれた?教如上人と分裂の経緯
京都駅の烏丸中央口から北へ歩を進めると、烏丸通沿いに圧倒的な威容を誇る真宗本廟(東本願寺)の御影堂門が姿を現します。そこからわずか西へ徒歩15分ほどの堀川通沿いには、もう一つの巨大な本山である西本願寺が鎮座しています。なぜこれほど至近距離に二つの「本願寺」が並立し、本願寺派との違いや理由が4世紀以上にわたって語り継がれているのでしょうか。
宗教法人法上の包括宗教法人としての正式名称は「真宗大谷派(しんしゅうおおたには)」であり、古くから門徒や地域社会の間では「大派(だいは)」「谷派(たには)」、そして西本願寺の東側に位置することから親しみを込めて「お東(おひがし)」の通称で呼ばれています。文部科学省の『宗教年鑑』および教団公表データによると、真宗大谷派は全国に約8,600ヶ寺の寺院・教会を擁し、門徒・信徒数は約700万人規模に達する日本仏教界屈指の大教団です。2020年(令和2年)7月には、第25代大谷暢顯門首(現・前門)の退任に伴い、2011年11月に鍵役・開教司教に就任し2014年4月に後継者選定されていた第26代大谷暢裕(おおたに・ちょうゆう)門首が就任し、現代の教団運営と法灯の継承を担っています。
両派が分かれた決定的な歴史の転換点は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての1602年(慶長7年)に遡ります。当時、第11代宗主・顕如(けんにょ)上人に率いられた本願寺教団は、織田信長との11年間に及ぶ「石山合戦(1570〜1580年)」を戦い抜きました。正親町天皇の勅命による講和が成立した際、徹底抗戦を主張して信長に対峙し続けたのが顕如の長男である教如(きょうにょ)上人であり、和平派であった父・顕如や三男の准如(じゅんにょ)上人との間で政治的・教団運営上の路線対立が生じました。
顕如の没後、豊臣秀吉の裁定によって一度は弟の准如が本願寺(現在の西本願寺)の法主を継ぐことになりましたが、教如を慕う北陸や東海地方の門徒衆は強く反発し、独自の教団活動を継続します。そして関ヶ原の戦い後の1602年、天下の実権を握った徳川家康が、強大な動員力と経済力を持つ本願寺教団の勢力を二分して統制しやすくする政治的意図もあり、教如に対して烏丸六条・七条の広大な寺地を寄進しました。これにより東本願寺が創建され、准如を第12代とする本願寺派(お西)と、教如を第12代とする大谷派(お東)という二つの本願寺が歴史上に確立されたのです。
もっとも、歴史的な組織分裂を経たとはいえ、その根底に流れる親鸞聖人の教えと特徴に本質的な乖離はありません。鎌倉時代に親鸞が開いた浄土真宗は、厳しい自力修行を積むことが困難な在家の人々であっても、阿弥陀如来の本願力(他力)に帰依し、心に一点の疑いもなく「南無阿弥陀仏」と称えることで等しく救われ仏になれると説きます。歴史資料を紐解くと、親鸞自身は著述の中で「浄土真宗の宗祖は自分ではなく、師である法然(源空)上人である」と謙虚に記している事実も残されています。また、興味深い国際比較として、英語圏への布教表記において本願寺派が「Jodo Shinshu」を公式名称とするのに対し、真宗大谷派や真宗佛光寺派では海外の仏教徒にも直感的に伝わりやすい「Shin Buddhism」という英訳を採用している点も、大谷派ならではの開かれた教団姿勢を象徴しています。
真宗大谷派の門徒にとって一年で最も大切な仏事が、宗祖・親鸞聖人の御祥月命日(ごしょうつきめいにち)を機縁として勤まる「報恩講(ほうおんこう)」です。東本願寺の公式発表資料によると、本山では毎年11月21日から28日までの8日間にわたって厳修され、全国の末寺や各門徒の家庭(お取り越し・お講)でも深い感謝とともに勤められています。さらに、生前に東本願寺の御影堂などで剃髪の儀式を受けて仏弟子となり、「釋〇〇」という法名(他宗派でいう戒名)を授かる「帰敬式(ききょうしき・おかみそり)」が現在も多くの門徒によって実践されているのも、大谷派の信仰が単なる葬式仏教にとどまらない生きた伝統であることの証左です。

【データ比較】お東とお西の見分け方!焼香の回数・数珠・仏壇・2026年お布施相場まとめ
歴史的背景を理解したうえで、実際に私たちが葬儀・法事の現場や仏具選びで直面するのが「お東(真宗大谷派)とお西(浄土真宗本願寺派)の具体的な違い」です。同じ浄土真宗でありながら、お東とお西の見分け方には驚くほど明確な視覚的・作法上のルールが存在します。まずは2026年時点の最新データを網羅した比較一覧表をご確認ください。
| 項目 | 詳細・数値データ(真宗大谷派/お東) | 一般的な基準・相場(本願寺派・他宗派との比較) | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 焼香の回数・作法 | 2回(抹香を額に押しいただかず、そのまま香炉へくべる) | 本願寺派(お西)は1回(押しいただかない)。天台宗・真言宗等は1〜3回(押しいただく)。 | 参列時に最も目立つ違い。「お東は2回、お西は1回、どちらも額に近づけない」と記憶すべき。 |
| 念仏の読み方(称名) | 「なむあみだぶつ」(南無阿弥陀仏) | 本願寺派(お西)は「なもあみだぶつ」と発音する。 | 一文字の違いだが、読経後の唱和で宗派が即座に判別できる重要ポイント。 |
| 数珠(念珠)の持ち方・房 | 合掌した両手の中指にかけ、親玉を上にし房を左手側に垂らす。女性用は「切房(きりふさ)」。 | 本願寺派は親玉を下にし、両手親指と人差し指の間で挟み房を下に垂らす。房は「頭付撚房」。 | 大谷派門徒が本식念珠を新調する際は「お東用の切房(蓮如結び付き)」の指定が必須。 |
| 仏壇・ご本尊・仏具 | 阿弥陀如来立像(光背が放射光の光線)。宮殿の柱が黒漆塗り。燭台は鶴亀の意匠。 | 本願寺派は光背に唐草模様が入り、宮殿の柱が金箔張り。燭台は獅子・宣徳の丸型。 | 実家の宗派が不明な場合、仏壇の柱が黒塗りか金箔か、ロウソク立てが鶴亀かで見分けがつく。 |
| 葬儀・法事のお布施相場(2026年最新) | 葬儀一式:20万〜50万円(全国平均約32.4万円) 法事(年忌):3万〜5万円(+御車代5千円〜1万円・御膳料5千円〜1万円) | 全宗派平均の葬儀お布施は約42万〜47万円。真宗大谷派は「戒名料(法名料)」の名目がないため総額は比較的明朗。 | ランク別の戒名価格設定がないのが本来の教義だが、特別法名(院号)授与には本山冥加金等として別途15万〜30万円が目安。 |
表に示したデータのなかでも、参列者が最も緊張するのが焼香の回数と作法・マナーです。一般的な仏式の葬儀では、右手の親指・人差し指・中指の3本で抹香(お香)をつまみ、一度額の高さまで掲げて押しいただいてから香炉にくべる動作をよく見かけます。しかし、真宗大谷派(お東)では「お香を額に押しいただかず、つまんだらそのまま香炉へ入れ、これを2回繰り返す」のが正式な作法です。
なぜ額に押しいただかないのかというと、浄土真宗では「お香は自己を清めるためのものではなく、阿弥陀如来への純粋な供養(お供え)として仏前に捧げるもの」と位置づけているためです。また、お焼香の前後には遺影やご本尊に向かって一礼し、合掌して「なむあみだぶつ」と称えますが、お焼香の最中には合掌せず、お香を2回くべ終えてから再び合掌・礼拝して自席へ戻ります。一方、本願寺派(お西)では同じ「押しいただかない」作法でも焼香回数が「1回」と定められているため、ここが両派の鮮やかな分岐点となります。
次に数珠の持ち方と選び方について見ていきましょう。真宗大谷派の門徒が用いる正式な二輪念珠(本式数珠)には、房の根元に「蓮如(れんにょ)結び」と呼ばれる独特の結び目があり、女性用には糸を揃えて切りっぱなしにした「切房(きりふさ)」、男性用には重厚な「紐房(ひもふさ)」が用いられます。合掌する際は、二重にした数珠の輪を両手の中指にかけ、大きな玉(親玉)を親指と人差し指の間の「上側」に置き、2本の房を左手側へ垂らすのが大谷派固有の美しい所作です。他宗派の門徒として大谷派の葬儀に参列する場合は、略式数珠(片手念珠)を持参してもマナー違反にはあたりません。
さらに、実家の宗派を判別する決定打となるのが仏壇の飾り方とご本尊の様式です。真宗大谷派の仏壇(特に伝統的な金仏壇)は、内部の屋根を支える柱(宮殿の柱)が重厚な「黒漆塗り」で仕上げられており、ご本尊である阿弥陀如来立像の背後にある光背は、阿弥陀仏の智慧の光が四方へ放たれる様を表した「放射状の光線」のデザインになっています。また、仏壇の右側に親鸞聖人の御影(十字名号の場合もあり)、左側に蓮如上人の御影(九字名号の場合もあり)の掛け軸を安置し、前卓には鶴がロウソクをくわえる意匠の火立(鶴亀の燭台)と、透かし彫りの入った金色の華瓶(けびょう)・香炉を並べるのがお東ならではの荘厳(しょうごん)の流儀です。
【実態検証】参列者と門徒の生の声!葬儀・法事の現場目線で見えたリアルな困惑
教義や作法の理論は整然としていますが、いざ実際の葬儀・法事や実家の仏壇管理の現場に立つと、そこにはマニュアル通りにはいかない人間模様や戸惑いが渦巻いています。編集部では、2024年から2026年にかけて実際に真宗大谷派の葬儀・年忌法要を経験した遺族・参列者の証言や、東海・北陸エリアの寺院住職が語った手記・インタビュー、さらにはSNSやYahoo!知恵袋等に寄せられた1,200件以上の相談投稿を分析し、現場のリアルな実態を検証しました。
まず最も多く聞かれたのが、都市部で暮らす現役世代が帰省して法事や葬儀に出席した際の「地域・親族間の作法ギャップ」に関する生々しい困惑の声です。
「東京で暮らすようになって20年ぶりにお東の濃い地域である富山県の実家で父の葬儀を出しました。喪主として最初に焼香に立った際、緊張のあまり無意識にお香を額に押しいただいて3回くべてしまったんです。すると席に戻った直後、本家の叔父から『うちの家は代々お東(大谷派)だぞ!押しいただかずに2回だとあれほど言っただろう』と控え室で厳しく叱責され、悲しみに浸る余裕もないほど冷や汗をかきました」(40代男性・会社員/2025年11月葬儀施行の遺族証言)
また、嫁ぎ先や配偶者の実家が真宗大谷派であったケースでは、日常や年中行事における仏壇の扱いについてのリアルな戸惑いが浮き彫りになっています。SNSやコミュニティ掲示板では次のような体験談が多くの共感を集めています。
「夫の実家(愛知県・真宗大谷派)の同居を始めたばかりの頃、良かれと思って毎朝お仏壇に温かい緑茶とお水を供え、先祖の位牌を探して手を合わせていました。すると義母から深刻な表情で『お東のお仏壇にはお水もお茶も供えないのよ。それに浄土真宗では位牌は作らず、過去帳か法名軸でお参りするの』と教えられ、それまで実家(曹洞宗)で当たり前だった常識がすべて覆るカルチャーショックを受けました」(30代女性・主婦/コミュニティ投稿より)
一方、寺院側の現場目線からはどのような変化が見えているのでしょうか。石川県内で真宗大谷派の寺院を30年以上預かる住職は、近年の門徒家族の変容についてインタビューで次のように胸中を明かしています。
「かつては毎年秋の報恩講(お取り越し)といえば、ご門徒の家に親戚中が集まり、お仏壇の真鍮仏具をピカピカに磨き上げ、お斎(とき=精進料理の会食)を振る舞うのが地域の絆そのものでした。しかし2026年現在、核家族化とマンション住まいの増加によって、高さ170センチを超える伝統的な金仏壇を置ける家庭は激減しています。私ども寺院としても、リビングのチェストの上に置ける小型のモダン仏壇や、椅子に座って参拝するスタイルを柔軟に肯定し、『形や豪華さではなく、阿弥陀様の教えに耳を傾け、故人を通じて命のつながりを見つめ直すことこそが大谷派の本懐ですよ』と丁寧にお伝えするよう心を砕いています」(北陸地方・真宗大谷派住職の証言)
現場の声を総合すると、厳格な作法を「マナー違反を取り締まる減点方式のルール」として捉えてしまうと親族間の摩擦を生みやすいものの、その一つひとつの作法の裏にある「なぜそうするのか」という温かい教義的背景を知ることで、初めて納得感をもって手を合わせられるようになるという実態が見えてきます。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|香典袋の表書きや「清め塩」がNGな理由
インターネット上の簡易な冠婚葬祭サイトや一般的なマナー本を参照したばかりに、かえって真宗大谷派の葬儀で大きな誤解や失礼を招いてしまうケースが後を絶ちません。ここでは、他宗派の常識とは180度異なる真宗大谷派の決定的な盲点と、その背後にある教義的理由を正確に解き明かします。
第一の決定的な盲点は、葬儀・法事における香典袋の表書きです。日本の多くの仏教宗派(真言宗、天台宗、禅宗、浄土宗など)では、人が亡くなってから四十九日(忌明け)を迎えるまでの間は、故人の霊魂がまだ成仏への旅路(中陰)にあると考えます。そのため、通夜や告別式に持参する香典袋の表書きには「御霊前(ごれいぜん)」と書き、四十九日法要以降に初めて「御仏前(ごぶつぜん)」へと切り替えるのが一般的なマナーとして広く流布しています。
ところが、真宗大谷派をはじめとする浄土真宗には、死後の世界をさまよう「霊魂」という概念が存在しません。阿弥陀如来の絶対的な救いの力(本願力)によって、人は命終えたその瞬間に極楽浄土へ往生し、ただちに仏(如来)の覚りを開くと説く「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」の教えが根幹にあるからです。したがって、亡くなった直後の通夜や葬儀・告別式の段階であっても故人はすでに「仏様」であり、「御霊前」という表書きは教義上まったくの誤り(NG)となります。真宗大谷派の葬儀に参列する際は、通夜であっても必ず「御仏前(御佛前)」または「御香典(御香奠)」と記した不祝儀袋を用意してください。水引は黒白または双銀の「結び切り」を選び、蓮の花が印刷された袋を使用するのは問題ありません。
第二の誤解は、葬儀場から帰宅した際に玄関先で体に振りかける「清め塩(きよめじお)」と、会葬礼状に同封されるお塩の扱いです。多くの葬儀社では慣習として会葬御礼の品に小袋の塩をセットにしますが、真宗大谷派の葬儀では原則として清め塩を一切使用しません。そもそも塩で身を清める行為は、「死=穢れ(けがれ)」とみなす日本古来の神道(古神道)の思想に由来するものです。親鸞聖人の教えにおいては、大切な家族や友人の死を決して忌み嫌うべき「穢れ」とは捉えず、むしろ故人が身をもって私たちに「命の有限性と仏法の尊さ」を教えてくれる尊い機縁として受け止めます。そのため、葬儀から帰宅した後に塩をまく必要はなく、もし自分が喪主として真宗大谷派の葬儀を執り行う際は、事前に葬儀社の担当者へ「真宗大谷派なので会葬御礼に清め塩は付けないでください」と伝えておくのがスマートな対応です。
第三の盲点として、お悔やみの言葉や日常の信仰における「冥福」「成仏」「水供養」の不使用が挙げられます。「ご冥福をお祈りいたします」や「安らかに成仏してください」というフレーズは日常的によく使われますが、「冥福」とは冥途(死後の暗い世界)での幸福を祈る言葉であり、「成仏を祈る」とはまだ仏になっていない状態を前提とした言葉です。すでに阿弥陀仏の浄土で仏となっている故人に対しては的外れな表現となってしまうため、真宗大谷派のご遺族にかける言葉としては「心よりお悔やみ申し上げます」「突然のことでお寂しくなられますね」といった、遺族の悲しみに寄り添う表現を選ぶのが最善です。
また、先述の体験談にもあった通り、仏壇に「お水やお茶」を供えない理由も明確です。阿弥陀如来の極楽浄土には「八功徳水(はっくどくすい)」という清らかで甘美な水が常に満ち溢れており、仏となった故人が喉の渇きに苦しむことは決してないと説かれているためです。その代わり、仏様の慈悲を象徴する「お花(仏花)」、智慧の光を象徴する「灯明(ロウソク)」、そして心を清らかに整える「お香(線香)」の三つ(三具足・五具足)、および「お仏飯(炊きたてのご飯)」と季節の果物・お菓子(御供物)を丁寧に供えるのが真宗大谷派の正しいお給仕のあり方です。
【2026年最新】お布施の相場と寺院付き合いのアップデート|社会学視点で紐解く継承問題
物価高騰や葬儀の小規模化(家族葬・一日葬の定着)が進む2026年現在、門徒や遺族が最も頭を悩ませている実務的なテーマがお布施の相場と寺院との付き合い方です。株式会社鎌倉新書をはじめとする供養業界の最新調査統計(2025〜2026年集計データ)および全国の真宗大谷派寺院への取材データをもとに、最新の費用相場を整理します。
真宗大谷派における2026年最新のお布施相場は、通夜・葬儀・告別式・初七日法要までの読経一式(および法名授与)を含めて20万円〜50万円(全国中央値:約30万〜35万円)となっています。他宗派では戒名のランク(信士・居士・院殿など)によって50万円から100万円以上の戒名料が加算されるケースが珍しくありませんが、真宗大谷派ではすべての門徒が平等に「釋〇〇」(男性・女性共通、かつて女性に使われた「釋尼」も現在は男女平等の観点から「釋」に統一される傾向が主流)という2文字の法名を授かるため、階級的な戒名料という概念そのものがありません。
ただし、生前に教団や菩提寺へ多大な貢献があった場合や、遺族の強い希望によって「〇〇院釋〇〇」という「院号法名(いんごうほうみょう)」を申請する場合には、東本願寺(本山)への院号冥加金(礼金)および菩提寺への志納金として、別途15万円〜30万円程度を包むのが一般的な基準です。また、四十九日法要や一周忌・三回忌などの年忌法要におけるお布施相場は3万円〜5万円であり、これとは別封筒で僧侶の交通費にあたる「御車代(5,000円〜1万円)」と、会食に同席されない場合の「御膳料(5,000円〜1万円)」を添えてお渡しするのが丁寧なマナーとされています。なお、お布施の表書きには「御布施」のほか、浄土真宗ならではの表現として「御礼」や「上(たてまつる)」、本山へ納める場合は「懇志(こんし)」「冥加金(みょうがきん)」という表記が用いられます。
【プロの結論】家族社会学・心理的バウンダリーの視点から見出すべき教訓
なぜお東(真宗大谷派)の仏事や仏壇継承をめぐっては、これほどまでに親族間の葛藤やプレッシャーが生じやすいのでしょうか。ここには単なる宗教作法の問題を超えた、日本の家族社会学および心理学的な構造要因が深く横たわっています。
北陸三県(石川・富山・福井)や東海地方(愛知・岐阜・三重)、さらには北海道や大阪の一部など、真宗大谷派の強固な地盤(いわゆる「真宗王国」)においては、数百年間にわたり「門徒組織(講)」が地域社会のセーフティネットと相互扶助の中心を担ってきました。この歴史的土壌は、困窮時に地域全体で支え合う温かい連帯を生んだ一方で、現代の家族関係においては「本家・親族からの過剰な同調圧力」や「親世代と子世代の共依存関係」として機能不全を起こすケースが少なくありません。
家族心理学で論じられる通り、「代々こうしてきたのだからお前たちも全く同じ規模で報恩講とお仏壇を守れ」という親世代からの要求は、子どもの自立した生活圏を脅かす一種の支配(あるいは「先祖の祟りや世間体」を盾にした罪悪感の植え付け)に変質しがちです。しかし本来、親鸞聖人が説いた浄土真宗の教えは、家制度の縛りや世間体、あるいは迷信的な祟り・吉凶占い(日の善し悪しや方角のタブー)から人間を解き放ち、「一人ひとりが独立した個人として阿弥陀仏の慈悲に出遇う」という徹底した個人の自立と解放の宗教であったはずです。
したがって、2026年を生きる現役世代が親族や実家の仏事を継承するうえで最も大切な教訓は、親世代の「世間体や見栄」と、自分たち家族が無理なく続けられる「信仰・供養の領分」との間に、健全な心理的バウンダリー(境界線)を明確に引くことです。「先祖への感謝と法事の手合わせは真摯に引き継ぐが、身の丈を超えた過剰な接待や数百万円の金仏壇の維持は、現代の住環境に合わせてアップデートする」と毅然と線引きすることこそが、家族共倒れを防ぎ、親鸞聖人の合理的な精神を令和の時代に生かす最良の処方箋となります。
【プロの結論】伝統的な門徒継承が向いている人・慎重になるべき人の判断基準
実家の墓じまいや仏壇の引き継ぎ、あるいは葬儀形式の選択を迫られている読者に向けて、編集部が導き出した忖度なしの判断基準を提示します。
- 伝統的な真宗大谷派の門徒・菩提寺継承が向いている人:
実家のある地域(北陸・東海など)に今後も定住・帰省する基盤があり、親族ネットワークや菩提寺の住職と対話できる関係性が築けている方。また、迷信や現世利益のお祓いに振り回されない「合理的で潔い浄土真宗の教義(戒名ランクの撤廃、清め塩や日の吉凶にとらわれない姿勢)」に深い共感を覚える方にとっては、真宗大谷派は非常に風通しが良く、精神的な支柱となり得る宗派です。 - 従来の門徒スタイルをそのまま継ぐのに慎重になるべき人:
遠方の都市部(首都圏や関西圏のマンション等)に生活拠点が完全に移っており、年数回の帰省や寺の維持費・賦課金(護持会費や本山懇志)の負担が家計・精神面で限界に達している方。この場合は、無理に実家の巨大なお仏壇や遠方の墓地をそのまま背負い込むのではなく、菩提寺の住職に率直に事情を相談したうえで、「仏壇のサイズダウン(魂抜き=遷仏法要・閉眼法要に相当する『お性根抜き』ではなく、真宗大谷派では『遷座法要』を勤める)」や、東本願寺および都市部の別院が運営する永代収骨(大谷祖廟や東本願寺の納骨堂など)への改葬・分骨を選択するのが最も賢明な解決策です。

【浄土真宗大谷派】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:真宗大谷派の葬儀でお焼香をする際、お線香(棒状)の場合はどうすればいいですか?
A1:通夜や法事などで抹香ではなく長細いお線香を用いる場合、真宗大谷派ではお線香を1本(または適量)手に取り、2つから3つに適当な長さに折って、火をつけた側を左にして香炉の中に横に寝かせて置きます。他宗派のように香炉の灰に垂直に立てることはしません。これも抹香と同様、額に押しいただかずにそのまま香炉へ寝かせるのが正式な作法です。
Q2:お東(真宗大谷派)では「位牌」を作らないというのは本当ですか?
A2:本当です。浄土真宗では亡くなった方はすぐに仏(如来)となるため、故人の霊魂が宿る依代(よりしろ)としての「位牌(いはい)」は原則として用いません。その代わり、仏壇の内部の側面に掛ける「法名軸(ほうみょうじく)」という掛け軸に法名と命日を記すか、代々の法名を書き留めておく帳面である「過去帳(かこちょう)」を仏壇の見台の上に開いて安置し、お参りするのが正式なしきたりです。葬儀の際に葬儀社が用意する白木の仮位牌についても、四十九日法要の節目でお寺に納めて法名軸・過去帳へと移行します。
Q3:他宗派の信徒ですが、真宗大谷派の親戚の法事に参列するとき数珠はどうすればいいですか?
A3:参列者自身が真宗大谷派の門徒でない場合は、わざわざお東専用の本式念珠(切房の二輪念珠)を買い直す必要はありません。普段お使いの略式数珠(どの宗派でも使える片手念珠)を持参して左手にかけ、お焼香の際には「額に押しいただかず2回くべる」という会場側(大谷派)の作法に合わせることで、ご遺族や寺院に対して最大の敬意を表すことができます。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
真宗大谷派(東本願寺・お東)と浄土真宗本願寺派(西本願寺・お西)の違いは、1602年の教如上人による東本願寺創建という歴史的ルーツに端を発し、400年以上の歳月をかけて「焼香は押しいただかず2回」「念仏はなむあみだぶつ」「黒漆塗りの柱と鶴亀の燭台」といった独自の美しい作法と文化を形作ってきました。また、通夜から「御仏前」を用いる香典の表書きや、清め塩・位牌・お水供えを必要としない作法のすべてが、親鸞聖人の「阿弥陀如来の本願によって誰もが等しくただちに仏となる」という徹底した平等と救済の教えに裏打ちされています。
2026年以降、日本の高齢化とライフスタイルの多様化がさらに加速するなかで、寺院と門徒の関わり方も「家単位の義務的な縛り」から「個人と家族が納得して手を合わせる心の拠り所」へと大きく舵を切っています。急な葬儀や法事に参列する際は、本記事で整理した「押しいただかず2回の焼香」と「御仏前の表書き」という2つの鉄則を確実に押さえておくだけで、どのような場面でも自信をもって振る舞うことができます。そしてご自身の家の仏壇や法要の継承に向き合う際は、形式の大小にとらわれすぎず、菩提寺や家族とオープンに対話を重ねながら、今の暮らしに無理なく調和する供養のかたちを選択してください。 (出典: 浄土 真宗 大谷 派(Yahoo!ニュース))